「パレオゲノム解析用人骨サンプルの選定に関する報告書(その5)- (2023年9月許可取得分)」(中村誠一)- 2025.12.15

更新日:2025.12.15


はじめに

 2022年度から開始した科学研究費補助金基盤研究(S)課題番号22H04928「パレオゲノミクスによるマヤ文明コパン王朝のダイナミクス解明」を推進する目的で、2023年9月にも、コパンの研究センターにおいて、研究代表者がディレクターを務めた考古学プロジェクト発掘人骨からの分析用サンプルの選定が継続された。金沢大学のパレオゲノム解析ラボへ送付する資料としては、これらのサンプルが最後の選定となった。


選定資料

 今回は、最後の資料選定ということもあり、筆者が指揮した4つのプロジェクト(PALE,PICPAC,PROARCO,PROARCO II)の資料を主な対象としているが、共同研究者のメルビン・フエンテス氏がコパン谷における近年の緊急発掘調査において掘り出した資料も提供していただいた。そのプロジェクトごとの内訳は、以下のようになる。

 最初は、1984年から1997年にかけてコパンのホンジュラス側周縁地域であるラ・エントラーダ地域において実施された考古学プロジェクトで収集された人骨サンプルであり、筆者が全期間、ディレクターとして指揮したプロジェクトである。具体的には、コパンの2次センターであるエル・プエンテ遺跡の発掘調査出土人骨計15点(M1,2,3,5,6,7,9,10,11,51,52,53,55,56,57)と、同じくコパンの2次センターであるエル・パライソ遺跡出土人骨1点(M4)、エル・プエンテ、エル・パライソがカテゴリー5(最大規模)のコパン2次センターと位置付けられたのに対し、それよりも一段階下のカテゴリー4に位置づけられるハグア遺跡(CP-PLE-53)出土人骨1点(M8)の計17サンプルが、最初のサンプルグループである。エル・パライソ遺跡のサンプルとハグア遺跡のサンプルは、ラ・エントラーダ考古学プロジェクト第一フェーズ(1984∼1989)のサンプル、エル・プエンテ遺跡のものは第二フェーズ(1990∼1995)のサンプルである。

 次は、1999∼2002年まで実施されたPICPACの計7サンプル(M41∼M46,M58)の資料で、王家の精霊区域と名付けた10J-45建造物の周辺グループからの資料である。

 第三のグループは、2003∼2019年までコパン大広場の北に位置する2つのグループ(9L-22と9L-23)で実施されたPROARCOの計18サンプル(M27,M29∼M32,M38∼M40,M47∼50,M61∼64,M67,M68)である。

 第四のグループは、本科研費研究の資金によってフィールド作業が行われ、2025年に修復保存まで完了して観光客に一般公開された建造物10L-7(7号神殿)の発掘調査(PROARCO第二フェーズ:2019∼2025継続中)において出土した人骨からの計29サンプル(M13∼M26,M65,M66,M69∼M81)である。

 そして最後の第五のグループは、筆者とメルビン・フエンテス氏がコパン谷のいくつかの場所における近年の緊急発掘調査において発見した埋葬人骨からの計9サンプル(M28,M33∼M37,M54,M59,M60)である。

 選定されたPALE 17サンプル、PICPAC 7サンプル、PROARCO 18サンプル、PROARCO II 29サンプル、緊急発掘9サンプルの総計80サンプル(表1参照)は、ホンジュラス国立人類学歴史学研究所長の許可のもと日本へ持ち帰られ、金沢大学のパレオゲノミクス研究のラボで分析するべく研究協力者の覚張に引き渡された。

表1: 2023年10月に持ち帰った埋葬人骨サンプル
表1: 2023年10月に持ち帰った埋葬人骨サンプル


サンプル選定者について

 今回は、研究協力者の覚張氏がホンジュラスへ渡航して、PROARCO1の経験豊富な助手二人(Hernando Guerra, Concepción Lázalo)が、ホンジュラス国立人類学歴史学研究所(IHAH)研究員メルビン・フエンテス氏(Melvin Fuentes:IHAH代表)の監督のもと選定しておいたサンプルを、覚張氏が現地でチェックし取捨選択したサンプル、および覚張氏自身が採取したサンプルである。博物館の展示ケースに入っていたもの(M1∼3)は、IHAHの協力を得て、覚張氏自身が部位をドリルしてサンプル採取した。


1 2003年から2019年まで日本政府からのノンプロジェクト無償資金協力のホンジュラス側見返り資金を原資として断続的に7シーズンにわたって実施されたコパン考古学プロジェクトのスペイン語略称。全期間にわたって筆者が指揮し、179埋葬を発掘調査・回収した。金沢大学からこれまでに4巻の報告書が刊行されている。


選定部位と選定サンプル数

 過去、4回の選定と同様、人骨に関しては側頭骨錐体部だけをターゲットとし目視による確認において選定した。その部分が残っていないと考えられる埋葬は選定から除外している。資料数の合計は80サンプルである。また、この選定においては、歯のサンプル(M17∼20)計17点も採取している。


選定サンプル数のまとめ

 2019年に行った科研費基盤研究(S)開始前のスクリーニング調査時のサンプル数が47サンプルあり、予備分析に付した点数としては65点あった。その後、基盤研究(S)に入り、1回目:40サンプル、2回目:45サンプル、3回目:6サンプル、4回目:20サンプル、5回目:80サンプルの計238サンプルを金沢大学の覚張ラボに移送している。ただし、このサンプル数は、IHAHの許可状中のサンプル数(=IHAHが持ち出しを許可した登録サンプル数)であり、一つの登録サンプルの中に複数の骨片や歯が一括して選定・採取されている事例もあることから、実際の分析に使用できるサンプル点数は、1.1∼1.3倍程度(260∼300点の中間程度)ではないかと思われる。また、2019年スクリーニング調査時資料を参考にすれば、十分な解析を可能とするDNA残存率は、選定された対象の少なくとも15%程度のサンプルで期待できる。これを単純に当てはめると、計5回の移送サンプルから少なくとも36サンプルにおいて十分な解析が可能となる核DNAの採取が期待される。