「パレオゲノム解析用人骨サンプルの選定に関する報告書(その4)」(中村誠一)- 2023.09.19

更新日:2023.09.19


はじめに

 本研究の研究代表者である中村誠一は、2023年3月に金沢大学を退職し、同年4月から公立小松大学へ特別招聘教授として赴任した。そのため本研究は、今後、公立小松大学を主要な研究実施・資金管理機関として行われることになった。

 2022年度から開始した科学研究費補助金基盤研究(S)課題番号22H04928 「パレオゲノミクスによるマヤ文明コパン王朝のダイナミクス解明」を推進する目的で、2023年5月にも、コパンの研究センターにおいて、研究代表者がディレクターを務めた考古学プロジェクト発掘人骨からの分析用サンプルの選定が継続された。サンプルは、PROARCO1の経験豊富な助手二人がホンジュラス国立人類学歴史学研究所研究員メルビン・フエンテス氏の監督のもと実施した。今回は、PROARCOだけではなく他の2つのプロジェクトの資料も一部対象としている。最初は、1984年から1997年にかけてコパンのホンジュラス側周縁地域であるラ・エントラーダ地域において実施された考古学プロジェクトで収集された人骨サンプルであり、筆者が全期間、ディレクターとして指揮したプロジェクトである。具体的には、コパンの2次センターであるエル・プエンテ遺跡の発掘調査出土人骨11点と、同じくコパンの2次センターであるラス・ピラス遺跡出土人骨1点が最初のサンプルグループである。次は、現在コパン遺跡で実施中の建造物10L-7(7号神殿)の発掘調査から2019年に出土した人骨である。このプロジェクトは、PROARCO第二フェーズと位置付けられている。選定されたサンプルは、ホンジュラス国立人類学歴史学研究所長の許可のもと日本へ持ち帰られ、金沢大学のパレオゲノミクス研究のラボで分析するべく研究協力者の覚張に引き渡された。


1 2003年から2019年まで日本政府からのノンプロジェクト無償資金協力のホンジュラス側見返り資金を原資として断続的に7シーズンにわたって実施されたコパン考古学プロジェクトのスペイン語略称。全期間にわたって筆者が指揮し、179埋葬を発掘調査・回収した。金沢大学からこれまでに4巻の報告書が刊行されている。


選定期間

 研究代表者である中村の指示のもと、中村が公立小松大学コパンリエゾンオフィスへ到着する前の5月22日~26日の週にCRIA2で計20サンプルが選定された。内訳は、PROARCO:2サンプル、10L-7:6サンプル、El Puente等:12サンプルである(表1参照)。

表1:2023年6月に持ち帰った埋葬人骨サンプル
表1:2023年6月に持ち帰った埋葬人骨サンプル



2 Centro Regional de Investigación Arqueológica すなわち、ホンジュラス国立人類学歴史学研究所附属コパン地方考古学調査研究センターのスペイン語略。コパンを調査する各国の大学調査団が、ホンジュラス国立人類学歴史学研究所の許可のもと、その中に拠点を構えている。


選定者

 Hernando Guerra, Concepciòn Làzalo, Melvin Fuentes(IHAH 代表)


選定部位と選定サンプル数

 過去、3回の選定と同様、側頭骨錐体部だけをターゲットとし目視による確認において選定した。その部分が残っていないと考えられる埋葬は選定から除外している。


選定と分析の際の注意点

 選定にあたった助手二人は骨学専門家から訓練を受けているが、残存状況として人骨の該当部がすでに破片状になって取り上げられている埋葬の場合、一部のサンプルは頭蓋骨ではあるが該当部位のものではない可能性がある。

 また、頭蓋骨全体が形質人類学者により復元されているものや、土のブロックとして周辺土とともにそのまま取り上げられているものは、今回も選定対象とはしなかった。これらは、2023年9月に研究協力者の覚張が渡航してサンプル採取を行う計画である。


注目すべき埋葬サンプルについて

 今回の埋葬サンプルから、コパンの資料に加えて、コパン王国の周縁地域であったラ・エントラーダ地域の資料を採取している。今回はその中で、ラ・エントラーダ考古学プロジェクト第二フェーズの対象遺跡となったエル・プエンテ遺跡のサンプルとエル・プエンテ同様、ラ・エントラーダ地域における2次センターであり、地理的に一番コパンに近いラス・ピラス遺跡のサンプルを採取している。

表1:2023年6月に持ち帰った埋葬人骨サンプル
図:ラ・エントラーダ地域(左)、フロリダ谷2次センターの分布(右)


 これらの古人骨から得られる遺伝情報は、コパンから直線距離で50~60キロ離れた、コパンとは水系の異なる周縁地域ラ・エントラーダにおける2次センターが、コパンからの移民によって建設されたのか、それともコパンとは関係ない地元の豪族といった有力者の指揮のもと建設されたのか、という点の解明に大きな役割を果たすと期待されている。

 一方、今回のサンプルから、現在、コパンで進行中であるPROARCO第二フェーズの調査対象である建造物10L-7から出土した人骨も調査研究対象としている。10L-7には、古典期前期の初め(王朝開始時)から後古典期までの建造物利用が確認されており、副葬品を伴わない人骨からの放射性炭素年代測定と合わせて、幅広い時代に属する古人骨からのゲノム抽出が期待される。