「パレオゲノム解析用人骨サンプルの選定に関する概要報告」(中村誠一)- 2022.10.02

更新日:2022.10.02


はじめに

 今年度に採択された科学研究費補助金基盤研究(S)課題番号22H04928「パレオゲノミクスによるマヤ文明コパン王朝のダイナミクス解明」を推進する目的で、2022年9月、コパンの研究センターにおいて、PROARCO発掘人骨の一部から分析用サンプルを選定した。研究代表者の中村がPROARCOの助手二人とともに選定を行ない、一部の選定サンプルを写真により覚張がチェックし、下記に述べる分析用の優先部位であることが確認されている。


選定期間

 9月5日~9日の週を中心に9月14日までCRIAで実施した。


選定者

中村誠一、Hernando Guerra, Josue Murillo, Melvin Fuentes(IHAH代表)


選定部位と選定サンプル数

 今回の選定においては、2019年選定サンプルのスクリーニング調査の結果、およびこれまでのパレオゲノミクスによる研究成果を踏まえて、側頭骨錐体部だけをターゲットとし目視による確認において、その部分が残っていないと考えられる埋葬は選定から除外している。今回の対象となった埋葬数は合計93であり、そのうち40個体から分析用サンプルを取得している。選定から除外された埋葬は53埋葬に及ぶため、研究期間のどこかで、再度、サンプリング対象として研究協力者による再確認・選別が必要であると考えている。


選定の際の問題点と課題

 研究代表者は、骨学の専門家ではないため、選定した40サンプルが破片状態となっている際に、すべて側頭骨錐体部あるいはその周辺骨にあたるかどうか不確かな点がある。また、選定にあたった助手二人は骨学専門家から訓練を受けているとはいえ、残存状況として人骨の該当部がすでに破片状になっている埋葬の場合、一部のサンプルは頭蓋骨ではあるが該当部位のものではない可能性もある。一方で、明らかに側頭骨錐体部が残存していると思われるものの、頭蓋骨全体が形質人類学者により復元されているものは、今回の選定対象とはしなかった。

 さらに、以下の点にも注意が必要である。今回の選定対象となった埋葬は、2019年のスクリーニング分析用埋葬の選定時には、対象とならなかったグループ9L-22の埋葬を主なターゲットとし、もう一つのグループ9L-23では主広場を囲んで位置している中心的建造物であるものの、2019年の選定時に対象とならなかった2つの建造物(9L-112, 9L-113)をターゲットとした。その一方で、側頭骨錐体部のサンプル数を30以上とするために、建造物9L-114出土の埋葬も対象としたが、これらの埋葬のうちのいくつかは2019年のスクリーニング調査においても選定対象となったものである。2019年のスクリーニング調査は、研究分担者の覚張自らがサンプルの選定を行っているので、これら4個体のサンプルは側頭骨錐体部ではない可能性がある。


安定同位体分析との照合

 今回のパレオゲノム解析用サンプル埋葬のうち、いくつかの埋葬においては、2010年代に安定同位体分析(87Sr/86Sr, δ18O, δ13C)が行われ、鈴木2017、Suzuki, Nakamura et.al 2020に出版されている。


特に注目すべき埋葬サンプルについて

 今回の埋葬サンプルの中では、建造物9L-100出土の埋葬10が特に注目される埋葬である。この埋葬は、その副葬品の豪華さやその中にコンゴウインコの頭を象ったヒスイ製ペンダントの像があったことから、王家の子供(12~13歳)であると解釈している(Nakamura 2018)。これは、コパン考古学では例外的な副葬品の豪華さ(アクロポリス外で発見された埋葬としては、130年を超えるコパン考古学調査史の中で5指に入る)とともに、その数年後に、アクロポリス内部のオロペンドラ神殿下部で発見された古典期前期の「王墓」の副葬品の一つに数多くのコンゴウインコの頭を象ったヒスイ製首飾りがあり、考古学的な同時期性とともに形態的な類似性が認められるためである。

 さらに、そのすぐ近くに伸展葬で埋葬されていた人物(埋葬5、埋葬54)は、考古学的には同時期の埋葬であり、移民であるという同位体分析結果だが、これら埋葬間の関係についても興味がある。

 その他としては、埋葬2,4,6間の関係、考古学的な副葬品と同位体分析で示唆されている出身地の齟齬があった場合の解釈、同位体分析でホンジュラス西部からエル・サルバドルへつながる地域からの移民であることが示唆されている場合の遺伝学的な検証、などが確認したい点である。


(参考文献)

・鈴木真太郎 2017 「ストロンチウムおよび酸素安定同位体による移民動態の再構築:古典期コパン王朝史における新たな展望」 『異分野融合研究によるマヤ考古学の新展開』 金沢大学文化資源学研究 第16号
・Nakamura, Seiichi. 2018 Proyecto Arqueológico Copán (PROARCO):Investigaciones Arqueológicas en los Grupos 9L-22 y 9L-23, Copán, Honduras, Vol.1. Kanazawa Cultural Resource Studies No.17.
・Suzuki, Shintaro, Seiichi Nakamura, and T. Douglas Price 2020 “Isotopic proveniencing at Classic Copan and in the southern periphery of the Maya Area: A new perspective on multi-ethnic society.” Journal of Anthropological Archaeology 60.